PLUSONICA 2020 Episode 2|幾田りら

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世界へ羽ばたく前夜

2020年、幾田りらは19歳だった。

前年11月に公開されたYOASOBI「夜に駆ける」が少しずつ広がり始め、その歌声は、それまで彼女を知らなかった人たちにも届き始めていた。

けれど、この日のインタビューで彼女が語っていたのは、突然訪れた「成功」についてではない。

物心ついた頃から歌手になりたいと思っていたこと。

幼い頃から歌い続けてきたこと。

自分で曲を書き、自分の言葉を届けること。

そして、いつ訪れるか分からないチャンスのために、ずっと準備を続けてきたこと。

「歌と向き合っている時間は、誰にも負けない自信はあります。」

19歳の彼女は、そう言った。

あれから6年。

私たちは、このインタビューのあとに何が起きたのかを知っている。

だからこそ、現在から過去に答えをつけるのではなく、まだその未来を知らなかった幾田りらが、何を考え、何を大切にして音楽と向き合っていたのか。

2020年の言葉を、もう一度そのまま読んでみたい。


幾田りら Profile[2020]

音楽好きな家族の影響で、小さい時から様々な音楽に触れる生活をしているうちに、物心つく頃には歌手になることを決意。

小学6年からギターの弾き語りで作詞・作曲を始め、中学3年からは本格的にライブ活動をスタート。

昨年からは、その勢いが、さらに加速。

夏に何本かのTV CMでボーカリストとして起用されると、秋に開催した初めてのレコ発ワンマンでは、告知後1ヵ月でチケットがSOLD OUT。

また初ワンマンと同じ日に公開した、ボカロPのAyase氏とのユニット「YOASOBI」の「夜に駆ける」は、じわじわと話題となり、各種音楽チャートで軒並み1位を獲得。

今、日本で最も注目を集めるシンガーの1人。


2020 ORIGINAL INTERVIEW

物心ついた時から「歌手になりたい」

――音楽と出会うきっかけを教えてください

明確なきっかけがあったわけじゃないんですが、物心ついた時から、父が家でギターを弾いていたり、気づけば家庭に音楽が溢れていたので、それが、出会いかもしれませんね。

――家庭環境が大きかったんですね

もう、物心ついたときから、歌手になりたいとは思っていました。

――楽器を始めたのはいつですか?

小学校1年生の頃にピアノを始めて、それから小学校6年生の頃からギターを始めました。


ミュージカル、オーケストラ、そして歌

――ピアノ、ギター以外で音楽をやっていたことはあります?

小学校3年生から6年生の初めぐらいまではミュージカルの劇団に所属していました。

――ミュージカルをやっていたのですね、その影響で好きになった音楽やアーティストはいましたか?

特定のアーティストではないんですが、小学校3年生ぐらいから、ディズニーチャンネルの「ハイスクールミュージカル」という、「glee」みたいなアメリカのテレビ番組があったのですが、内容は、学校生活の中で歌って踊ってみたいなもので、それに凄くはまって、サウンドトラックを親に買って貰うぐらい好きでした。

全部英語詞なんですけど、それを全曲英語でコピーして歌っていました。

ミュージカルの劇団に所属していた時に、ボイストレーニングの勉強もしていました。

――りらさんの歌は、凄い音域が広いなと思うのですが、ミュージカルをやっていたのがベースにあったんですね。

それはあるかもしれないですね。

クラシックのコンコーネという、1番から50番まであるのを全部、歌えるように練習してました。

結構、スパルタに教えてもらっていたので音感とか音の幅とか、かなり練習をしました、自分の声が出せる音域とかはそういうとこで磨かれたのかなと思います。

――ミュージカルはいつ頃までやっていたのですか?

ミュージカルは小学校までです。

中学校入ってからは、部活でオーケストラ部のトランペットをやっていて、高校2年の引退までやっていました。


シンガーソングライターを目指したきっかけ

――シンガーソングライターになろうと思ったのはいつ頃ですか?

ずっと歌手になりたいという夢はあったのですが、私が小学校6年生ぐらいの時に、父が、バレンタインか母の誕生日かに、自分で作った曲を母にプレゼントしているのを聴いて、自分で曲を作る、自分で詩を作るということにすごく魅力を感じました。

その頃にシンガーソングライターってかっこいいなと思い始めましたね。

それで、Sony Musicの「SINGIN’JAPAN」というオーディションを受けた時にファイナリストになって、「どういうことをやりたいの?」とオーディションの時に聞かれて、「本当はボーカリストではなく、シンガーソングライターを目指しているんです。」という話をしたら、「『the LESSON』というシンガーソングライター育成の講座があるから、受けてみない?」と言って下さったのが、きっかけで「the LESSON」を受けることにしました。

その時に、作詞講座、作曲講座を経て、自分で作詞作曲してみようと思いました。

「the LESSON」で、自分で作詞作曲をするための必要な知識を得られたので、凄くいいきっかけになったと思います。


「the LESSON」から「ぷらそにか」へ

――その「the LESSON」との出会いが、「ぷらそにか」との出会いに繋がっていくんですよね?

そうですね、「the LESSON」での3か月のレッスンを終えてから、しばらくして、「the LESSON」の卒業生の先輩に「私、『ぷらそにか』に興味あります!」と相談をしてみたら、先輩が「シンガーソングライター目指しているのなら、『ぷらそにか』いいんじゃない」と言ってくれて、その場でスタッフに繋げてくれたんです。

凄く、嬉しかったことを覚えています。

――その頃はどんな音楽を聞いてましたか?

その頃は高校1年ぐらいなので、バンドとかも聴いていましたね。

RADWIMPSさんとか、SEKAI NO OWARIさんとか聴いていました。

SEKAI NO OWARIとか結構、ファンタジー系ですし、RADWIMPSも詩が文学的だったりするんですけど、私も思春期だったので、そういう音楽に惹かれてたなと思います。

――少し、話が脱線しちゃいますが、セカオワの深瀬さんが、「YOASOBIの『夜に駆ける』はいい曲ですね」ってツイートしてくれていましたよね?

そうなんです!!すごく嬉しかったです!!

ライブに行くぐらい大好きだったので、まさか!という感じでした。


バンドではなく、シンガーソングライター

――その頃は、バンドをやろうとは思わなかったのですか?

実は、中学校、高校と、文化祭だけでやるバンドを組んでボーカルやって、エレキギター弾いてた時期もあるんですけど、でも、やっぱり、自分が中学高校の時は、音楽を仕事にしたいと思っていたので、それを考えた時に、バンドではなく、シンガーソングライターでやりたいなと思っていました。

――そこは、自分で曲を作るということに対して、当時から拘っていたということですか?

はい、そうです。


弾き語りから、その先へ

――弾き語りスタイルでライブをやることが多いと思うのですが、楽曲制作の時から、弾き語りを意識していたりします?

そうですね、自分で作り始めるタイミングでは、アコースティックギターと自分の声だけなので、明るい曲だったりするとバンドでどういうイメージになっていくのかなっていうことを考えて作っていますね。

今回、一番新しい「Jukebox」というアルバムあたりから、そういう風に考え始めました。

前作の「Rerise」はアコースティックアレンジのアルバムだったので、アコースティックベースで考えていて、「Jukebox」のタイミングでバンドアレンジもイメージして作った感じです。


チャンスが来た時に、準備ができているか

――りらさんは、何か去年あたりから、色んな事が変わり始めているように思いますが、どうですか?

そうですね、変わり始めましたね。

――去年、東京海上日動あんしん生命のCMで「全力少年」を歌っていましたね

はい、歌わせて頂きました。

――あのCMはかなり、変化を生んだと思うのですが、どうですか?

あのCMが決まる、決め手というのがCMスタッフの方が「ぷらそにか」の動画を見てくださっていて、「この子いいね!」ということで決まったお仕事でした。

――それで、今年、YOASOBIですよね、りらさんにはチャンスを引き寄せる力と、それを活かせる実力があると思うんですね。チャンスを生かせる人というのは、それだけの努力をしているからだと思うのですが、自分ではどう思いますか?

物心ついた頃から、歌うことに、かなりの時間を費やしてきたので、ほんと、寝る時間以外は、ほぼ歌っていましたから。

「歌と向き合っている時間は、誰にも負けない自信はあります。」

それだけ、自分の歌を磨いて来たということですし、そういう意味で、チャンスを頂いた時に、そこで発揮する準備ができていたというのはあると思います。

――今、19歳ですよね。19歳でそういうことが言えるのは凄いですね、やっぱり、チャンスが来た時に準備ができているかどうかというのは凄く大事なことですよね?

私自身、もちろん「全力少年」のCMのこともYOASOBIのことも、事前にわかって過ごしてきたわけではないので、自分が小さい頃から夢見ていた、一番頂点のところは、ずっと、イメージして練習はしてきたので。

やっぱり、自分がチャンスを繋げられたということは、すごく、過去の自分にも感謝したいなと思います。


YOASOBIと、シンガーソングライター幾田りら

――今はコロナの影響で、ライブとかはできないですが、シンガーソングライターとしての活動はどうですか?

そうですね、秋ぐらいに、シングルを何作か出そうと考えているので、その曲作りを頑張っています。

――YOASOBIで、忙しいのに、大変ですね?

はい、でも、シンガーソングライターとしての活動も大好きなので、頑張っていい曲を作りたいと思っています。


「一人一人と目を合わせて歌う」

――今、コロナの影響で、なかなか、ライブというのは難しいと思うのですが、りらさんにとってライブとは何ですか?

やっぱり、私は、自分がステージに立っていて、フロアにお客さんがいて、その一人一人と目を合わせて歌うこと、歌を届けるということをすごく大事にしていて、実際に同じ空間で同じ温度で自分の歌を聴いてもらえるというのが、私の歌で本来私が伝えたい想いが一番届く、直接届くのがライブだと思っているので。

できれば、早く、ライブをしたいと思いますね。

――目の前のカメラに向かって歌うのと、実際に目の前にお客さんがいるところで歌うのは違いますよね

そうですね、毎回緊張するんですけど、自分が歌に入った瞬間は、研ぎ澄まされているというんですかね、自分も集中して、その空間の中で、自分の歌を響かせていて、それをお客さんに聞いてもらえていることを感じながらライブをすることを意識しています。

それと、私が凄く、ライブで大事にしているのが、今はそんなに大きなキャパでやっていませんが、本当に端から端、右と左、後ろと前、全部、必ず、お客さんと目を合わせて、歌うことをすごく大事にしています。

――目が合うというのはお客さんとしては嬉しいですよね。


日常から曲が生まれる

――では、曲作りのことについて聞いていきたいのですが、どういう風にやっているんですか?今日は曲を作るぞ!というタイプなのか、インスピレーションが浮かんだ時につくるタイプなのか

その二つが重なっている感じですね。

最初インスピレーションを受けるタイミングは、生活している時にふと降りてくるのですが、あとは、通学の時に電車の中で風景を見ているときに歌詞が降りてきたりして、それをメモに残しておいたりしています。

私は曲を作るスピードが早い方ではないので、降りて来るタイミングだけを待っていると遅くなってしまうので。(笑)

今は、なかなか難しいですが、外にお散歩に行ったりとか、あとは、通学とか仕事とかで、電車とかバスとか歩いていているときに、携帯を見ないでまわりをみんな見渡して、インスピレーションを受けるタイミングを増やすようにしています。

――やっぱり、刺激というかインスピレーションを受けることが大事な事ですよね

はい、なので、自然とか風景からインスピレーション受けることが多い


PART 2

生活の中にあるものを、歌にする

――りらさんの曲の詩って、リアリティーがある詩が多い気がするのですが?

はい、曲のテーマみたいなモノを聞いた人がわかるように、歌詞に落とし込むことを意識して作詞はしています。

あとは生活の中であるような出来事、身近な出来事を書くようにしています。

具体的に言うと、例えば、雨が降って来た、雨が降って来た時にどんなことを考えるかとか、身近にあるものから派生して作っていく感じです。生活の中の出来事を歌にしていくところがあるのかなと思います。

――そうなんですね、だから、共感しやすい歌詞だと感じるんですね。そういった意味で、女性アーティストで影響を受けた人はいますか?

そうですね、YUIさんとか中学生の時はよく聴いていましたし、aikoさんも聴いていました。

あとは、私の中ではテイラー・スウィフトさんはラブソングの女王ですね。

いろんなラブソングをたくさん書いているので、その和訳とかを読んで、「いろんな恋愛があるんだな」って感じることが多くて、影響を受けましたね。


Taylor Swift――「ほんとにあの動画で心奪われました」

――テイラー・スウィフト!ちょっと意外かもしれないです。

テイラー・スウィフトさんだと、私は「RED」ってアルバムが凄く好きなんですけど、あのアルバムは、いろんな恋愛の形を描いている曲がたくさんあるので、特に有名な「We Are Never Ever Getting Back Together」という曲は、

あれだけ強く「あなたとは絶対によりを戻さない、絶対にあなたのことを二度と好きにならないわ」っていう強いメッセージを詞に書けるというのは凄く影響受けましたね。

――あの曲は男性からすると、強烈ですもんね(笑)

そうかもしれないですね。(笑)

でも、ピュアロマンスよりかは、恋愛のBADな部分とかも描けてしまう、あれだけ、ポップに描けてしまうところが、聴いている人が共感できたということなので、すごい刺激を受けました。ピュアロマンスの曲もほんとに胸にグッとくるワードを使っているので、刺激になりました。

あとは一回聴いて覚えられるメロディーをずっと、作り続けているところは尊敬してますね。

――「RED」が出たときに、数人のお客さんの前で、アコースティックギター一本で「We Are Never Ever Getting Back Together」を歌う動画がYouTubeに上がっていましたけど、見たことあります?あの動画すごい好きなんです。(笑)

あ、知ってます!!!!(笑)

あの動画好きです!!!

ライブ動画の中で一番好きです!!!

――まさか、知っているとは思いませんでした!(笑)

ほんとにあの動画で心奪われましたね!

――テイラーのあの動画の話で、盛り上がるとは思いませんでした。(笑)なんか、私の勝手なイメージでテイラーとかはあんまり聞いてない感じだったので。(笑)

そうですか?洋楽も影響を受けています!

「We Are Never Ever Getting Back Together」のカバーも、何年か前にネットに上げたことがあります。


YUI「TOKYO」

――では、YUIさんはどんなところに影響をされましたか?

YUIさんが凄い人気が出た時は、私が幼稚園とか小学校の低学年だった時なので、リアルタイムで聞いていたわけではないですが。

私の兄が好きで聞いていて、「GREEN GARDEN POP」と「ORANGE GARDEN POP」というベストアルバムが出た時に、両方、聴かせてもらって、凄く刺激を受けました。

YUIさんは恋愛の曲が有名ですけど、そうではなくて「TOKYO」という曲が好きで、自分の夢とか誰しもが持ってる悩んでしまう暗い部分だったりとか、そういう人達の心に寄り添うよう曲の方が、私は恋愛の曲より印象が強いですね。

――「TOKYO」は、ほんと名曲ですよね・・・テイラー・スウィフトとYUIさんの話を聞いてなんか、りらさんのイメージが変わりました。もっと、ソフトな感じというか、癒し系が好きなイメージだったんですが。

バシっと、胸掴まれちゃうような曲とか大好きですね。


「夢としてはまず武道館でライブがやりたい」

――アーティスト幾田りらさんにとって、夢とは何ですか?

できるだけ、たくさんの人に私の曲を聞いて欲しいと思っているので、夢としてはまず武道館でライブがやりたいです、たくさんの人に聞いてもらえるアーティストになりたいというのが夢であり、目標ですね。

今、現時点で、私の作った曲に自分自身が満足しきれていないので、曲作りもどんどん成長して、たくさんの人に共感してもらえるように頑張りたいです。

あとは、ぱっと聞いて、「あ、これいい曲!」と思ってもらえるのが大切だと思っているので、そういう部分をどんどん磨いていって、思わず立ち止まって聞いてしまうような楽曲を作り続けていきたいです。


「ロマンスの約束」

――今まで、出してきた曲で、一番、思い入れがある曲はなんですか?

一番新しい「JUKEBOX」のアルバムは、色んな感じの曲を集めたので、アップテンポなポジティブな曲からバラードまで、ほんとに色んなパターンの曲が入っているのですが、「ロマンスの約束」っていう曲は、できるだけ多くの人がポジティブになれる曲にできたと思います。

みなさんに寄り添える曲を出したいと思っていたので、自分の中ではその時の最高傑作を出せたって感じですかね。


「歌詞を見なくても、言葉がちゃんと伝わる」

――今でも、音楽をやる上で続けていることはあるのですか?

発声練習とか呼吸法だったりは毎日取り組んでることですね。

歌うことで気を付けているのが、聞いている方が歌詞を見なくても、言葉がちゃんと伝わるっていうことです。

歌詞の中でも文章の中で強弱をつけて、より聴きやすくて、伝わりやすくて、言葉の一番強調したい部分が、出ていくっていうことはすごく、気を付けているところです。

最近は、私が歌う歌詞は「心に響く」というようなことを、いろんな方に言って頂けるので、その「聞きやすさ」っていうところで評価して頂いているのは、自分のやっていることがちゃんと伝わっているんだなと思うので、凄く嬉しいです。

――そういうテクニックっていうのはほんとにりらさんはすごいですよね、りらさんが言っていたみたいにりらさんが歌う曲は、ちゃんと言葉が耳にスーッと入ってきますよね。

ありがとうございます!

伝わってるならすごく嬉しいです!


YOASOBI、そして「幾田りら」

――YOASOBIがブレイクしたことで、シンガーソングライター幾田りらとしても注目されていると思うのですが、その辺りは意識していますか?

YOASOBIが、いろいろと盛り上がっていく前に作った曲が自分では、自信を持って作れたとは思っているのですが。

YOASOBIのおかげで、注目度というのは上がっていると思いますし、YOASOBIがきっかけで、幾田りらのファンになって頂いた方には、「ikuraってどんな曲を歌っているんだろう・・・」って思ってる方がたくさんいると思うので、今まで以上に誰もが「いい!」って思ってもらえる曲を出すことに、集中しないといけないなと思っています。

中途半端なことは、今まで以上にできないなと気合いが入っています。


最後に

――最後にファンの人へメッセージって頂けますか?

今はお待たせしてしまっている感じになってしまっているので、必ず良いモノを世に出したいと思っているので、もうしばらく待ってください!よろしくお願いします!


2026 EDITORIAL

19歳の幾田りらは、まだ未来を知らなかった。

2020年のインタビューから6年。

今、このインタビューを読み返すと、どうしてもその後の出来事を重ねたくなる。

YOASOBI。

「夜に駆ける」。

その後、世界へ広がっていった音楽。

そして、ソロアーティスト・幾田りらとしての活動。

けれど、このインタビューを読み返していて、最も強く残ったのは、その後の華々しい出来事ではなかった。

19歳の彼女が言った、この言葉だった。

「歌と向き合っている時間は、誰にも負けない自信はあります。」

そして、

「チャンスを頂いた時に、そこで発揮する準備ができていたというのはあると思います。」

さらに彼女は続けた。

「自分がチャンスを繋げられたということは、すごく、過去の自分にも感謝したいなと思います。」

19歳。

「夜に駆ける」が大きく広がり始めた、その最中の言葉だ。

まだ、この先に何が待っているのかを彼女自身も知らない。

それでも彼女は、突然チャンスが訪れたとは考えていなかった。

そのずっと前から歌っていた。

ピアノを弾いた。

ギターを弾いた。

ミュージカルを経験した。

オーケストラ部でトランペットを吹いた。

曲を書いた。

ライブをした。

発声練習と呼吸法を続けた。

そして、歌と向き合い続けていた。

チャンスが来てから準備を始めたのではない。

いつ来るのか分からないチャンスのために、準備を続けていた。


「歌詞を見なくても、言葉がちゃんと伝わる」

もうひとつ、2026年の今、強く響く言葉がある。

「歌詞を見なくても、言葉がちゃんと伝わるっていうことです。」

これは単なる歌唱テクニックの話ではないと思う。

Taylor Swiftについて話した時も、

YUIの「TOKYO」について話した時も、

自身の「ロマンスの約束」について話した時も、

幾田りらが見ていたのは、歌が人にどう届くのか、だった。

「胸にグッとくるワード」。

「人の心に寄り添う」。

「一回聴いて覚えられるメロディー」。

そして、

「思わず立ち止まって聞いてしまうような楽曲」。

違う質問に対する答えなのに、6年後に並べてみると、ひとつの線でつながって見える。

歌を届ける。

それが、19歳の幾田りらの言葉の中に何度も出てくる。


「夢としてはまず武道館でライブがやりたい」

そして、このインタビューにはもうひとつ、2026年だからこそ目が止まる言葉が残っている。

「夢としてはまず武道館でライブがやりたいです。」

今の私たちは、その後を知っている。

だから、この言葉を「夢が叶った物語」の伏線として読むこともできる。

でも、それだけにはしたくない。

2020年の彼女にとって、それは未来の実績ではない。

まだ手にしていない、だった。

その夢を話したあと、彼女はこう続けている。

「今、現時点で、私の作った曲に自分自身が満足しきれていない」

武道館に立ちたい。

たくさんの人に歌を聴いてほしい。

でも、その前に、

もっといい曲を作りたい。

19歳の幾田りらが見ていたものは、ステージの大きさだけではなかった。


6年後に、もう一度。

結果を知っている現在から過去を見ると、物語は簡単に作れる。

「あの頃から才能があった」。

「あの言葉が未来を予言していた」。

そう書くこともできる。

でも、2020年の彼女は未来を知らない。

だからこそ、このインタビューを2026年の今、もう一度残しておきたいと思う。

19歳の幾田りらは、まだ世界へ向かう未来を知らなかった。

ただ、

歌うことが好きだった。

曲を作ることが好きだった。

ライブで、一人ひとりと目を合わせて歌うことを大切にしていた。

そして、

「歌と向き合っている時間は、誰にも負けない」

と言った。

6年後に読み返した時、この言葉が特別に聞こえるのは、その後の成功を知っているからだけではないと思う。

夢が叶う前から、彼女はすでに、その夢に向かう毎日を生きていた。

それが、2020年の幾田りらだった。


NEXT EPISODE

Episode 3|小玉ひかり

Interview & Text:Holly
2020 Original Interview / 2026 Re-edit
Eleven Music Magazine

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