PLUSONICA 2020|EPILOGUE ── あの日、3人はまだ未来を知らなかった。

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2020年のインタビューを、2026年に読み直す。

西山晃世、幾田りら、小玉ひかり。

2020年、3人はそれぞれの場所で音楽を作り、それぞれの未来を思い描いていた。

同じ「ぷらそにか」という場所に集まりながらも、目指していた音楽も、作り方も、抱えていた悩みも違う。

西山晃世は、自分の頭の中に鳴っている音を形にするために、弾き語りからトラックメイクへと進んでいた。

幾田りらは、幼い頃から積み重ねてきた「歌」と向き合いながら、訪れたチャンスを掴み始めていた。

小玉ひかりは、自分の声にコンプレックスを抱えながら、それを少しずつ自分の「持ち味」だと思えるようになっていた。

3人とも、まだ途中だった。

そして当然、

この先に何が起こるのかなんて、誰も知らなかった。


目次

6年後から読むと、言葉の意味が変わる。

今回、2020年のインタビューを読み直していて、一番面白かったのはそこだった。

インタビューの文章は変わっていない。

話している言葉も変わっていない。

変わったのは、

読む側が、その後を知っていることだ。

西山晃世 ── 「何か一つ足りない」

西山晃世は、オーディションについてこう話していた。

「いつも、あと一歩で逃してしまうんですよ、何か一つ足りないんですよ。」

そして、

「でもそれが何か自分でわからないんですね。」

完成されたアーティストの言葉ではない。

答えを探している途中の言葉だ。

ギター、ドラム、ベース。

作詞、作曲、アレンジ、レコーディング、ミックス。

弾き語りだけでは、自分の頭の中で鳴っている音をすべて表現できない。

ならば、

「全部、自分でやっちゃおう」

その発想から、自分自身の音楽を作ろうとしていた。

2026年から振り返るからこそ、この「何か一つ足りない」という言葉が強く残る。


幾田りら ── チャンスが来る前に「準備」していた19歳

幾田りらは19歳だった。

YOASOBIが大きく注目され始めていた、そのタイミングで彼女はこう話している。

「歌と向き合っている時間は、誰にも負けない自信はあります。」

そして、もうひとつ。

「チャンスを頂いた時に、そこで発揮する準備ができていたというのはあると思います。」

今なら、この言葉の続きを私たちは知っている。

しかし、この時の彼女は知らない。

未来が約束されていたわけではない。

YOASOBIがこの先どこまで大きな存在になるのかもわからない。

ただ、来るかどうかもわからないチャンスのために、

ずっと歌っていた。

結果を知ってから読むと、「準備」という言葉の重さがまったく違って聞こえる。


小玉ひかり ── 「私はめっちゃ普通の人なんです!」

そして、小玉ひかり。

彼女は自分について、こう言った。

「私はめっちゃ普通の人なんです!」

でも、その「普通」という言葉の先に、彼女が目指していたものがあった。

「人間『小玉ひかり』を、たくさんの人に好きになっていただけたら嬉しいです。」

自分の声にコンプレックスがある。

周りには才能のある仲間がいる。

焦りだってある。

それでも、自分の中にある「自分にしかないもの」を探していた。

そしてインタビューの最後。

ファンに向けて残したのが、

「任せとけ!」

という言葉だった。

この言葉が、私はすごく好きだ。


3人をつないでいた「ぷらそにか」という場所

3人のインタビューを続けて読み返すと、もうひとつ浮かび上がってくるものがある。

「ぷらそにか」という存在だ。

そこにいたのは、ひとつのグループとしてデビューするために集められたメンバーではない。

それぞれが、

自分の名前で音楽をやろうとしていたシンガーソングライターたちだった。

だから、誰かの歌を聴けば刺激を受ける。

誰かが前に進めば焦ることもある。

わからないことがあれば教え合う。

つらい時には相談する。「マジで支えですね、あの人たちは。」

西山晃世は、メンバーについてこう話していた。

「『ぷらそにか』は、ほんと、仲が良くて、マジで支えですね、あの人たちは。」

幾田りらがLogicを導入して、わからないことがあれば西山に電話をする。

そんなエピソードもインタビューには残っている。

一方、小玉ひかりは、幾田りらがYOASOBIとして活躍していく姿を見ながら、メンバー同士でこんな話をしたという。

「みんな、それぞれ、光るもの絶対あるから、私たちも頑張ろう!」

今振り返ると、この言葉はとても象徴的だ。

誰かひとりの物語ではない。

それぞれが、それぞれの未来へ向かって走っていた。

その途中で、同じ場所にいた。

それが、2020年の「ぷらそにか」だった。


2026 EDITORIAL未来を知ってから読む「過去」は、面白い。

今回、このインタビューを再編集するにあたって、できるだけ2020年の言葉をそのまま残した。

今の彼らを知っているからといって、

「この時すでに才能は完成していた」

という物語に書き換えたくなかったからだ。

そんなに綺麗な話ではない。

迷っている。

落ち込んでいる。

自信がない。

オーディションに落ちる。

自分の声が嫌いだったりする。

周りの才能を見て焦ったりもする。

一方で、妙に自信満々なところもある。

その全部が、20歳前後の彼らだった。

そして、それでいいと思う。

人生は、あとから見ると線になる。

その時には意味がわからなかった出来事がある。

失敗したと思ったこともある。

遠回りにしか見えなかった時間もある。

でも何年か経って振り返ると、

「あれが、ここにつながっていたのか」

と思う瞬間がある。

西山晃世が、ギターだけではなくドラムやベースまで触ってきたこと。

幾田りらが、幼い頃からひたすら歌い続けてきたこと。

小玉ひかりが、自分の声と格闘してきたこと。

2020年には、それぞれがただの「途中」だった。

未来はまだ、点と点の間にあった。


だから、インタビューは面白い。

インタビューという仕事を長くやっていると、ときどきこういう瞬間に出会う。

取材した時には何気なく聞いていた一言が、

何年も経ってから、まったく違う意味を持って戻ってくる。

未来を予言していたわけじゃない。

むしろ逆だ。

未来を知らないからこそ、その言葉は本物だった。

成功したあとなら、いくらでも物語は作れる。

でも、

成功するかどうかわからない時。

自分がどこへ行くのかわからない時。

その時に何を考えていたのかは、あとから作ることができない。

それを残せることこそ、

インタビューというものの面白さなのかもしれない。


あの日、3人はまだ未来を知らなかった。

2020年。

西山晃世。

幾田りら。

小玉ひかり。

3人は、それぞれの未来について話してくれた。

あれから6年。

それぞれが、それぞれの時間を歩いている。

でも今回、2020年の言葉を読み返してみて思った。

大切なのは、

「その後、誰が成功したのか」ではない。

あの時、

何を信じていたのか。

何に悩んでいたのか。

何を怖がっていたのか。

そして、

それでも、なぜ音楽を続けようと思ったのか。

その答えが、3人のインタビューには残っている。

だから、6年前の記事をもう一度出すことにした。

これは懐古ではない。

2020年という一瞬を切り取った、3人の若い音楽家の記録だ。

そして、物語はもちろん、

まだ終わっていない。


あの日、3人はまだ未来を知らなかった。

And the story continues.


PLUSONICA 2020

西山晃世 × 幾田りら × 小玉ひかり

2020年のインタビューを、2026年に読み直す。

Interview & Text:Holly
2020 Original Interview / 2026 Re-edit
Eleven Music Magazine

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